グルジアなのかジョージアなのか 第二夜

こちらの文章は2016年にnote上で連載したエッセイグルジア酔いどれ夜話の再録です。現在の私の考えと異なることや勘違いもありますが面倒臭いので記録の保存という観点から内容を変えずに再録しています。

第二夜 
2016/04/26

2015年4月に呼称をグルジアからジョージアへと変更した、南コーカサスの国。日本ではあまり馴染みのないこのジョージアへ、シルクロード旅行中にたどりついたSiontakさんのコラムです。ジョージアとはいったいどんな国で、どんな生活をしているのか!?

グルジアにもやっと春が来た。ずっと寒かったのがここにきて今度はちょっと暑いくらいの強い日差し。でも湿度は低いので日陰に入れば涼しい。通りにも人が増え活気があってとてもいい。



トビリシ市中心部の自由広場に高くそびえる聖ギオルギ像も金ピカに輝いてまぶしい。(いつもどうやって掃除してるのか不思議に思ってる。)聖ギオルギはグルジアの守護聖人、竜退治で有名なのでこの像も馬の下にねじふせられた竜がいる。

日も長くなった。4月中旬、夜8時でもまだ明るい。日がとっぷり暮れる、というよりは日没はしたのに青空がしぶとく残っていて、徐々に夜の濃い藍色へとグラデーションしていく感じ。この夜になりきるまでの青の時間がすごくいい。


壊れかけのスマホで撮っている写真なのでとても人様に見せられるようなものではないんだけど、まあ、この十倍くらいきれいな青だと思って下さい。こういう青を群青色というのか。

陽気がよくなってくると夜歩きも楽しくなるのだけど昨日はグルジア語のレッスンの日だった。

レッスンに使ってる教科書と辞書。グルジア語というマイナー言語でも母国語で学習できる日本に感謝。この教材を使って僕は日本人からグルジア語を教わっている。先生の名前は渡辺勇次郎さん。

渡辺さんはグルジアへの在住歴が15年を越えるグルジア日本人会の長老格。そんなものはないが。

そもそも在住邦人40人強とおどろくほど少ない上に、多くは駐在員とその家族、あとは留学生とか。3年もすれば転任、帰国してしまうそうだ。

期限のない渡辺さんは在住者というよりも移住者と呼んだほうが正しいのかもしれない。渡辺さんはこのグルジアで日本のテレビや雑誌取材のコーディネート、個人旅行者へのツアーアレンジ、グルジア人への日本語教師などをされてる。

グルジアについて全方位的知識を実地に身に付けた日本人は、この人をおいてほかにいないのではなかろうか。短い休暇でもグルジアをつぶさに知ることのできる旅行をアレンジしてもらいたい方はこちらからどうぞ。

まだ旅行者だった1年前に渡辺さんと知り合って以来、日本語でできる貴重な雑談相手としてしょっちゅう一緒に酒を飲んできたが、グルジア語レッスンをはじめてからは1時間のレッスン後、毎度一緒にビールを2、3L飲むのが習慣化してしまった。グルジアのビールは大きなペットボトルで売られてる。種類も多い。2Lボトルで300円くらい。


昨日はレッスンの後、飲みながら「グルジア」の話をした。

知ってる方も多いだろうけど、僕が「グルジア」と呼んでるこの国は現在日本語では「ジョージア」に改称されている。グルジア政府からの長年の要請に応えるかたちで日本政府が改称を了承した以上、日本語では「ジョージア」という新呼称を用いるのが筋である。

また独立後ロシアと二度も戦争をして領土の一部を実効支配されているグルジアからすれば、ロシア式の呼称をやめて友好国アメリカ式の呼称を使ってもらいたいという気持ちもわからないではない。

でも、グルジアが「グルジア」だった時に来て、これが「グルジア」料理か!これが「グルジア」美人か!と感激に震えて旅行した身には、いまさら缶コーヒーと同じ名前にこの国を呼び替えることに一種の抵抗感がある。

感激がずっと昔におさまっている渡辺さんは渡辺さんで、長年の癖でついつい「グルジア」と言ってしまうようだ。

世界で、この国はなんと呼ばれているのか、ちょっと調べてみた。おおまかに3つに分けられる。

◆「ジョージア」 英語圏ではこれ。西欧諸国もこれに準じた呼称。当たり前のことだが僕も英語でだれかと話してる時は自然に「ジョージア」と呼べる。

◆「グルジア」 ロシア語での呼称で主に旧ソ連および東欧で今も使われている。中国では漢字で「格鲁吉亚」と書くが読み方はおなじ。日本もこの呼び方をしていたわけだ。

◆「グルジュスタン」 ペルシア語由来で中央アジアやトルコなどイスラム圏で使われている。スタンは「土地」という意味で「グルジュスタン=グルジュ人の土地」となる。カザフスタンやアフガニスタンなどとおなじ用法。

英語の「ジョージア」という呼び方ははじめの方に書いた聖ギオルギと大いに関係がある。彼は竜退治の伝説を持つ聖人でキリスト教圏では正教会でも、カトリックでも、絶大な人気を誇る。昔からジョージ(英語)、ジョルジョ(イタリア語)、ホルヘ(スペイン語)、ゲオルク(ドイツ語)などの男性名はみなこの聖人にあやかった命名なんだという。

グルジアの男性名で一番多いのがこのギオルギで、僕の友人にも何人もいる。男が5人集まったらそのうち2人までがギオルギだったとしても不思議じゃないくらい多い。本来個人を区別するためのはずのファーストネームがかぶるようでは不便なことこの上ないので、大抵は別途ニックネームがついていたりする。

缶コーヒーのジョージアも無関係ではなかった。「ジョージア」は日本コカ・コーラ社のコーヒーブランド名だがその由来はコカ・コーラ、アメリカ本社の所在地、ジョージア州にちなんでいる。

それではと、ジョージア州の州名由来をググってみるとイギリス国王ジョージ二世が出てくる。ジョージア州はイギリスの植民地としてアメリカが開拓されていたころ、13番目の植民地としてつくられ、この国王にちなんで命名されたのだそうだ。

ジョージ二世は現在のドイツ生まれでドイツ語名はゲオルク。さっき書いたようにジョージもゲオルクも聖ギオルギ由来である。コーヒーどころか国王の名前まで聖ギオルギにたどりついてしまうのだ。聖ギオルギすごい。

ところが、その聖ギオルギとグルジアという国がどういう繋がりがあるのかとなると、これがなんだか曖昧なのだ。

Wikipediaによれば聖ギオルギの生まれはパレスチナだし、竜退治は今のトルコのカッパドキア、殉教地もグルジアではないらしい。しいて言えばグルジア人が昔から聖ギヲルギを国の守護聖人と崇め奉っていたことくらいか。

一説ではかつて十字軍がアラビアに遠征した時、敵のイスラム軍から正教を信奉する「グルジュ」人の国の存在が伝わり、「グルジュ」という音が変容して聖ギオルギの伝説と関連付けられていったのだという。あらら……。

ではロシア語の「グルジア」はどうかと言うと、グルジアは1783年にロシア帝国領となってからソ連時代を経て1991年に独立するまで長くその影響下にあったわけで、その間はずっと「グルジア」と呼ばれていた。

しかしそれ以前にもグルジアは幾度もオスマン帝国やアラブなど大国の支配を受け、さらに昔にはペルシア帝国支配下に入ったこともある。

「グルジア」という呼称はロシアよりも前にグルジアを支配していた国の言語からの借用語で、それをさかのぼっていくと最終的にはペルシア語の「グルジュ」に収斂されていくのだそうだ。あらら……。

「グルジュスタン=グルジュ人の土地」、どうやらこの呼称が一番古い歴史を持つらしい。ペルシア帝国が最初にグルジアを支配下に置いたのはなんと紀元前6世紀、聖ギオルギどころかキリスト教が成立する前である。その頃からペルシア帝国ではペルシア語が一貫して使われていたみたいだけど、いつの頃からグルジアを「グルジュ」と呼び始めたのか、とか、「グルジュ」という呼び名の由来はなんなのか、となると素人のネット検索ではまるで見当もつかない。とにかくも昔々からあったのだろう。

ここまで古い話になってくると、国名の歴史的正統性というのもなんだかわからなくなってくる。外野がどうこう言うんじゃなくて当人たちが好きな名前で呼べばそれでいいじゃないか。

そうだ。グルジアでは自国のことを自国言語でなんと呼んでいるのか?

「サカルトヴェロ」 。グルジア文字で表記すると「საქართველო」。直訳すると「カルト人の土地」という意味になる。

なんだ、「ジョージア=聖ギオルギ」とも「グルジア」とも「グルジュスタン」とも全然違う、固有の名前を持っているじゃないか。それならみんな「サカルトヴェロ」って呼べばいいのに。名前もエキゾチックでカッコいいし、と思ってしまう。

しかし、日本を例にとっても「ニホン」、「ニッポン」と呼んでくれる外国は見当たらないし、なによりグルジア政府自体が「サカルトヴェロ」と呼ぶよう希望していないのだからしようがない。

ここまで読んでいただいた方には申しわけないが、どうにも納得のいくオチがみつけられなかった……。僕の調査結果を渡辺さんに報告すると一言、

「まあ、細かいことはいいんだよ、どうでも。グルジア人だってロシア語話す時はグルジアって言うんだし。」とまるで頓着してなかった。

そういわれてみれば市井のグルジア人も自国が日本語でどう呼ばれてようが気にしてる者はたいして多くないのかもしれない。

窓からまだ青い空に満月が上りはじめたのが見えた。酒飲みはなにかと理由をつけて酒を飲むけど、満月ほど都合のいい口実もない。

「ビールもう一本買ってきます?」

「ジョージア」という響きが耳と舌になじむまで、もうしばらくは「グルジア」酔いどれ夜話で続けていこうと思う。よろしくお付き合いください。

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