SUQIYAQUEST 第五夜

こちらの文章は2016年にnote上で連載したエッセイグルジア酔いどれ夜話の再録です。現在の私の考えと異なることや勘違いもありますが面倒臭いので記録の保存という観点から内容を変えずに再録しています。

第五夜
2016/06/14

2015年4月に呼称をグルジアからジョージアへと変更した、南コーカサスの国。日本ではあまり馴染みのないこのジョージアへ、シルクロード旅行中にたどりついたSiontakさんのコラムです。ジョージアとはいったいどんな国で、どんな生活をしているのか!?

第2、4火曜日更新
<著者:Siontak>

ある月曜日の朝9時、僕はマルジャニシヴィリ駅前のマクドナルドで密売人を待っていた。こんなに人目に付きやすい日時と場所を指定してくるとは思いもよらなかった。密売人とはえてして大胆不敵なものだ。

連絡方法を教えてくれた韓国人によれば売人は中国人で密造から販売まで、グルジア内での非正規ルートを一手に引き受けているとの由。その流通量は正規ルートの何十倍にも上るとのこと。グルジアで暗躍すること10年以上、取引に使用する言語は中国語とグルジア語のみ。僕のグルジア語は闇取引の交渉に心許ないが、幸い中国語は問題ない。先日意を決してコンタクトをとったのだった。

もうすぐあの白い塊が手に入るかと思うとドキドキが止まらない。一度買ったら最後、病みつきになって毎月どころか毎週手を出してしまうかもしれない。またここは外国の地、なにか手違いが起きてしまったら、と思うとこちらも不安でドキドキしてくる。

約束の時間に遅れること5分。突然後ろから声をかけられた。

「你好,你是那个日本先生吗?」

ホンダCR-Vから素早く降りた男はにこやかに握手を求めてきた。左手には透明なビニール袋で包んだだけの白い塊が丸見えになっている!

「兄さんも豆腐が好きなんだなぁ。オレたちゃ国は違ってもおんなじ豆腐食いだ笑 またヨロシクな!」

豆腐屋張先生は次の配達現場へと去っていった。

意味ありげに長々ひっぱってすみません笑。張先生は密売人でもなんでもなく、外国の地で豆腐を渇望するアジア人に新鮮な豆腐を毎週月曜配達して回る、善良な豆腐屋さんなのである。その存在をグルジア人は知る由もない笑。

その日は冷や奴、キャベツチャンプルー、揚げ浸しと豆腐づくしで久しぶりの豆腐を堪能した。2キロで10GEL(500円)。ずっしりと身がつまっていて沖縄の島豆腐にも似た味わいに僕は、これならイケるかもしれない・・・

と、以前からあたためていた計画に着手することにした。

その名も「SUKIYAQUEST(スキヤクエスト)」。

グルジアの地にすき焼きを召喚再現するクエストである。

気合が入りすぎてFacebookイベントページ用に画像まで用意してしまった。みなさんはすき焼きくらいでなにをおおげさなと思うかもしれない。だがしかし、外国の地で日本料理を再現するのはこの21世紀のグローバル社会でもなかなか困難をともなうものなのである。

たしかに現在ではグルジアでも外資スーパーCarrefourに行けばキッコーマンの醤油に神州一味噌、ほんだし、みりん風調味料までが手に入る。

白いご飯にみそ汁、肉じゃが。これくらいは普通に作れてしまうから便利な世の中になったとも言えるが、ここから先はむずかしい。保存のきく調味料はヨーロッパから流通しても生鮮食材はそうはいかないのだ。

日本の八百屋にあってグルジアにないものを挙げると、大根、長ネギ、ごぼう、シイタケなどのキノコ類etc……。和食には欠かせない生姜も中央バザールまで行って中国産をさがさないといけない。

僕にグルジア語を教えてくれているグルジアに長く住む渡辺さんは、緑豆からもやしを栽培している。僕も育ててみたが毎日2、3回は水を換えないと腐ってしまうのでそう簡単ではない。日本では一番手軽に買える野菜がこちらでは垂涎の貴重野菜となるのがおもしろい。

日本を離れた異邦の地での手づくり自足生活を描いた傑作に「ワルシャワ貧乏物語」という本がある。1960年代共産主義下のポーランドはワルシャワに住んだ日本人主婦の生活記。これがスゴい。日本食材どころか普通に食糧が不足気味のワルシャワでもやしどころか味噌、納豆、梅干し、塩辛などを創意工夫して次々と再現していく。その苦労と歓びは、読者をして日本で普通に買って済ませている食品を思わず手づくりしてみようと思わせるほどの熱い日本主婦魂のたまものだ。

そして実際にやってみると、このないものをつくって食べるという苦労がとても楽しい。一週間かけて育てたひとにぎりのもやしで作るもやし炒めのウマいこと。休みの日を一日つぶしてつくったウスターソースで食べるハムカツのウマさは外国にいてこそ味わえるものなのかもしれない。

SUQIYAQUESTもその延長線上にあるクエストなのだ。牛肉を主役としながらもキノコや野菜、豆腐などの食材が互いをひっぱりあい、そしてささえあう天体的調和の妙、この味をグルジアの限られた条件の下に再現し、鍋を囲んで歓談するのがクエストの目的である。

今回のSUQIYAQUESTというネーミング、実はあるサイトからのパクリなのだけれど、あえて言わせてもらえば同じ肉モノでも焼き肉だとなぜだかクエストにはならない。日本に住んでいた時分、焼き肉を食べに行くことはしょっちゅうあったが、すき焼きを食べに行くことはなかった。それが海外に住んでいるとすき焼きを食べたくなる不思議。

言っちゃ悪いが焼き肉は主体性に欠けるのかもしれない。河原で花見をするからついでにBBQもしようか。焼き肉のたれ持った? ……ついでの産物である上にBBQと焼き肉を混同しても誰も気にとめない曖昧さが自分たちでする焼き肉にはついて回る。

外国にいてすき焼きを志向する理由、それは肉を焼く料理は世界に遍在しているからかもしれないし、いかにも和風な野菜と豆腐でもって甘じょっぱく煮込むという調理法と味わいが、より望郷心をくすぐるからなのかもしれない。

味付けに加えて生卵に浸す日本においても独特な食べ方は外国人の軽薄な和食ブームにも迎合しない孤高、かつ和食心髄を究める料理とも言える。

クエストにあたってともに艱難辛苦を乗り越える仲間は必須である。1人のすき焼きほどむなしいものもない。結果、日本人旅行者2人と渡辺親子2人、そして僕の5人パーティでクエストにのぞむこととなった。

決行日、クエストでの最重要アイテム、豆腐は手に入っていたので中央バザールというダンジョンに残りのアイテム(食材)を調達しに行った。

以下、各種アイテムの入手経路とすき焼き完成までの軌跡を振り返ってみよう。

◆長ネギ・・・難易度★★★★☆

以前路上で行商が売ってるのを入手したことある(写真左)が以来一度もみかけたことがない。アサツキや玉葱で代用を考えていたが謎のネギ科植物(写真右)を発見。芯は堅かったがネギと同じアリシン臭を持っていていい仕事をしてくれた。

すき焼きづくりの第一歩はこの長ネギもどきを牛脂で熱っして香りを出すところから始まった。

◆牛肉・・・難易度★★★☆☆

主役。適度にサシの入った部位を探すのも難しいが薄切りにするのが至難をきわめた。グルジアでは肉を薄切りにする習慣がない。ちなみに前述の牛脂は肉屋でもらえる。

牛肉を軽く焼いてから割り下をぶっかける。

◆割り下・・・難易度★★☆☆☆

醤油に砂糖、日本酒の代わりに白ワインで十分イケた。吉野家の牛丼も白ワインを使うのだそうだ。

割り下を入れたら野菜も順次投入。

◆白菜・・・難易度★★☆☆☆

冬場は中央バザールに行くと売っている。5月でも買えた。

◆きのこ・・・難易度★★★★☆

グルジアで普通に買えるキノコはマッシュルームとヒラタケのみ。舞茸やエノキの存在はいまだ確認されていない。今回はヒラタケと干しシイタケを水で戻したもので間に合わせた。

◆春菊・・・難易度★★★★★

今回唯一実物も代替物も入手できなかったアイテム。渡辺さんいわくグルジアには存在しない。

野菜のほかにもすき焼きの定義づけに欠かせないアイテムを加えていく

◆豆腐・・・難易度★★★★☆

ヨーロピアンスーパーに行くと森永製の豆腐が手に入るがコストパフォーマンスに難あり。新鮮、安くてウマい張さんの手作り豆腐を入手するのが今回一番のクエストであった。フライパンで焼いて焼き豆腐っぽく加工。

◆しらたき・・・難易度★★★★★

これまでグルジアでの存在は確認されていなかったがヨーロピアンスーパーのダイエット食品コーナーで偶然発見。今回のクエスト敢行に踏み切れたのは豆腐としらたきの発見が大きかった。後日スーパーを再訪するもすでにその姿を消していた幻の食材。

◆生卵・・・難易度★★★☆☆

冬場の新鮮な地鶏卵を信頼できる業者から買わないと危険。今回は温泉卵にして安全を期した。

◆ガスコンロ・・・難易度★★★★☆

ないと意外と困る。台所と食卓を往復する方式でガマン。今後たこ焼きクエスト、鍋クエストをする際にも活躍できるアイテムなので探索を継続。

◆酒・・・難易度★☆☆☆☆

すき焼きにワインもウオッカもない。ビールできまり。1人当たり2Lほど用意しておくことが望ましい。

幾多の難関を乗り越えて完成した、まごうことなきすき焼きの雄大なながめ!

クエストを共にした仲間が互いの労をねぎらい、勇気を称えあいながらつつくすき焼きは格別の味、ビールはいくらあっても足りず、夜はさらにふけていくのだった。

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グルジア/ジョージアで観光ガイドをしています。お問い合わせはこちらから

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